初日~研修~ボランティア先まで移動
2月1日から韓国へ平昌オリンピックのボランティアに行ってきました!
韓国といえばソウル市内でショッピングや韓国料理を食べたりと日本からも近く比較的安く旅行に行くことができるので、訪れたことがある方も多いのではないでしょうか?
2月1日の午前中に羽田空港から韓国・ソウルの金浦空港へと向かいました。
金浦空港で出迎えてくれたマスコット?です!
オリンピック開催直前ということで空港は混雑気味…入国では長蛇の列ができていてすごく時間がかかりました。
初日は、外国人ボランティアのための研修会場となっている延世大学ウォンジュキャンパスへと向かいました。
空港から地下鉄にのり、約15分でソウル駅に到着しました。
ソウル駅にはLOTTEの大きなモールがあったり、たくさんおいしそうなレストランがあったり、オリンピックのストアがあったり…
たくさんの誘惑がありましたが、次の電車まであまり時間が無かったので、フードコートでお昼を取りました。
ここで痛感したのが、韓国の「辛い」という感覚。
グループのメンバーが「spicy noodle」というものを注文し、すさまじい辛さに涙を流しながら食べていました。(笑)
日本での「spicy」という感覚では一切通用しないと感じました。
その後、ソウル駅から最初の滞在先の延世大学ウォンジュキャンパスへ列車とタクシーで移動しました♪
2017年12月末に開通したばかりの、KTXという日本でいう新幹線みたいな感じの高速鉄道に乗り込みました。
この列車に乗ると、ソウル駅から韓国の東海岸側の都市、オリンピックの会場がある江陵市まで1時間45分で行けるみたいです!
座席は快適で、窓から見える景色はわたしの地元を思い出させるような田舎道だったり…ここは本当に韓国かな?って思うくらいでした。
ただ列車に乗り込むのに3段ほど大きな段差があり、巨大なスーツケースを抱えた旅行客には少し大変かつ、車内に大きな荷物を置けるところが本当に少なくて困りました(-_-;)
ファーストクラスで予約すると、広くて荷物等も預けて収納してもらえる?という噂を聞きました。1時間以上乗りましたが運賃は2000円以下。安すぎて驚きました(°▽°)
早起きして飛行機にも乗ってお疲れモードだったので、ここで少しの仮眠をとり、1時間10分ほど乗車した後、タクシーに乗って延世大学ウォンジュキャンパスへと向かいました!
延世大学は、韓国の名門大学であるソウル大学校(Seoul National University)、高麗大学校(Korea University)、延世大学校(Yonsei University)通称SKYと呼ばれる3校のうちの1つで、韓国では大変歴史のある名門私立大学です。
外国人のボランティアは一旦ここの延世大学の寮に滞在して、研修を受けることになっていました。
なので、大学についたらたくさんの外国人の方々がもうすでにチェックインを済ませてあちこちで歩き回っていました^ ^
ウォンジュでは、2日間全体での研修を受け、3日間滞在したあと、2月の4日にそれぞれ指定された次の滞在先へ移る日程になってました。
インターネットでは、平昌オリンピックのボランティアの食事が劣悪だとか、宿泊先が良くない、寒すぎる、それのせいで2000人のボランティアが離脱したなんて情報が回っていて内心ドキドキ…でしたが、そんなことはなく、比較的快適に過ごすことができました。
なにか不都合があっても、そーゆーもんだ、と割り切るしかないかなという感じでしたね。(笑)
食事の方は…というと、給食みたいな感じでした。
ひたすらのコリアンフード。毎食キムチ。韓国料理好きな人や辛い物が平気な人にとってはそこまで苦痛ではない食事でしたが、やはり欧米圏の方の口には合わなかったようで、学内に1つだけあったカフェが大繁盛していまいた。(笑)
その後、2日間は外国人ボランティア向けの研修を受けました。
広い体育館に集められ、配布されたハンドブックを基にプレゼンテーション形式で講義を聞く、という形でした。
研修の内容は、オリンピズムについて、ジェンダー論やオリンピック中に使用する挨拶、ボランティアとしての心構えなどでした。
この研修には、世界各国からさまざまな報道陣が訪れていて、日本からも数名の記者の方々が来られていて、私たちも取材に応じたりしました。
寒さは覚悟しているつもりでしたが、瀬戸内地方の温暖な土地出身の私にとって-16℃という寒さは想像を絶しました。呼吸するだけで鼻の中が凍りました。(笑)
研修以外の時間には、特にすることはありませんでしたが、外に出るのも寒いし山の中だったので出歩くところもなかったです。
しかしすごく空気は美味しくて自然に囲まれたステキな場所でした!
そして韓国入りして4日目に、ようやくオリンピックが行われる江陵市のほうへ移動しました。
この移動日にはまず、ボランティアのADカード(IDカード)とユニフォームを手に入れるためにUACと呼ばれるUniform Districtionへ向かいました。
平昌オリンピックのボランティアには、以下のものがユニフォームとして支給されました。
- ADカード(IDカード)
- スキーウェア上下
- ロングTシャツ
- ジャケット
- ニット帽
- グローブ
- スノーブーツ
- 腕時計
ここでは、パスポートでチェックインをして、事前に登録した情報を基にユニフォームの試着をし、受け取りました。
チェックインの時点で、情報を登録していたのにも関わらず、何かのエラーで情報が無いといわれ他の列に案内される人もいました。
また、試着の待ち時間は1時間越え。ひたすら待たされましたね…そしてさらに、女性のスノーブーツの25㎝,26cmはストック切れという状態…。
事前にユニフォームやブーツのサイズは申請していたにもかかわらず、なんでこんなことに(‘_’)という感じでしたね。
平昌オリンピックでは、7競技102種目行われ、そのうちスキーやスノボなどのスノー競技は平昌地域で行われ、その他のカーリングやアイスホッケーなどのアイス競技は基本的に江陵市内の江陵オリンピックパークで行われました。
私が担当したのはアイスホッケー競技のアスリートサービスと呼ばれる部署だったのですが、会場は平昌オリンピックパーク内でも江陵オリンピックパーク内でもなく、カトリック関東大学校内に建設されている関東アイスホッケー場。
別の場所にあるとはいえ、江陵オリンピックパークからは車で15分程度の場所に位置しています。
私の滞在先は、ボランティア先の競技場があるカトリック関東大学校の大学寮でした。
これが本当にラッキーなことで、ほとんどの人が滞在先からボランティア先までシャトルバスを利用し、中には1時間~2時間かかるという人もザラにいるなかで、私は寮から会場まで10分も歩けば到着できる滞在先を指定されていました。
他のボランティアの方にはすごく羨ましがられましたね。
(↑関東カトリック大学校)
こちらの寮では、2人~4人が同室となり、ルームシェアの形で生活をしました。
私は最初、ロシア人2人とフランス人の計4人で同室となりました。が、ロシア人のルームメイトがこれはもうものすごいわがままっ子で…。
部屋でイヤホンもせず爆音で音楽を聞いたり、テレビを見たり…他のルームメイトが寝ていてもおかまいなしでした。(ちなみにフランス人の子が体調不良で頭痛がする時に、体調悪いからイヤホンしてくれない?というと「NO!」といわれたそうです(^^;))
また、仕事があまりないのか昼頃まで寝ていることが多かったのですが、他の人が昼前頃に外出の支度をし始めると「音を立てるな!」と怒ったり…
私はこれまで寮で生活したことも、ルームシェアをしたこともなかったので、これが共同生活というものなのかな…と割り切ってはいましたが、3日で限界でした(笑)
フランス人のルームメイトに相談すると、同じように悩んでいたらしく、私もフランス人の子もすぐに部屋を変えてもらいました。
最初は部屋は変えられないと一点張りでしたが、英語も韓国語もしゃべれる韓国人の子に助けてもらいながら、なんとか部屋を変えることができました。
私は同じ大学から一緒に来ていた先輩の部屋に転がり込み、2人でルームシェアをしました。それ以降はすごく楽しく快適に過ごすことができました。
私はアメリカへ語学留学と大学留学をしたことがあったので、なんとなく外国の人がたくさん周りにいる環境というのは慣れていたのですが、留学中は周りにいるのが大学生などの同世代が殆どだったのに対し、オリンピックのボランティアには年長だと70歳代なんでは…?という人も参加していました。
30代~50代のボランティアの方も多く、中には今までオリンピックのボランティアに15回も参加しているという強者もいました。
そのような年代の方と、しかも外国の方と同じ寮で生活をする環境に身を置いてみて、改めて留学とはまったく違った新しい国際交流の場であるなと感じました。
次の日からボランティアの活動が始まったのですが、それまではほんとに分からないことだらけだし、韓国語わからないし、英語通じないし…で、本当に大変でした。4・5日しか経ってなかったのですが、もうすでにものすごく長く感じました。
現地でノロウイルスが流行していたというのは日本でも大きく報じられたと思います。
実際、大流行したのは平昌エリアの方で、私が滞在した江陵エリアでは大きな混乱はありませんでした。
しかし、実際に同じ寮に滞在していた数名がノロウイルスの感染してしまったのは事実でしたし、寮内に設置されていたウォーターサーバーはそのために使用禁止になりました。