たとえばメルボルンに滞在するのが1週間以内であれば、メルボルン中心部やトラムで行ける周辺地域だけでも、行きたいところ全てはまわれないほど見どころがあります。
しかし、ワーホリや留学で時間に余裕がある場合は、足をのばさなければもったいない。
中心部から⻄側にはVラインという鉄道が伸びており、メルボルンとは一味違う都市まで気軽に足を運べます。
今回は、ジーロンへの日帰り旅、ベンディゴ・キャッスルメインへの2泊3日の旅の様子をお伝えします。
旅人は移動してこそ旅人。
さあ、新しいものを探しに、行ったことのない町へと向かいましょう。
港町・ジーロンのアートと海
海沿いにならぶ、なんとなくゆるーい人形の数々。
観光案内によく載っているこの人形がたくさん置かれているのが、ビクトリア州で2番目に大きな町、ジーロン(Geelong)です。
メルボルンのサザンクロス駅からVラインで1時間。
メルボルンからのデイ・トリップに最も適した町といえるかもしれません。
駅からほど近くにショッピング・センターやカフェの集まるエリアがあり、ビーチもすぐそばです。
私の目当てはメルボルン以外の美術館としては規模が大きそうなジーロン美術館と、羊の国・オーストラリアならではの国立ウール博物館。
そのついでに、人形を探しがてら海沿いを散歩しようという計画です。
まずは町歩きをしながら美術館・博物館をめぐり、その後海沿いを散策することにしました。
駅から出るとすぐ目の前に、堂々とした木々が植わった大きな公園があります。
その中には風景を反射する素材を使った丸い形の図書館(Geelong Library&Heritage Centre) や、ジーロン美術館(Geelong Gallery)があります。
美術館の外観を見てください。
どっしりとした建物に収蔵作品が大きくひきのばされて、美術館マニアの私の期待は否応 なしに高まりました。
観光案内の冊子に“one of Australiaʼs leading regional galleries”と書いてあるのは、嘘ではなさそうだ。
そして中に入ると期待通り、いや期待以上の規模とレベルでした。
無料のこの美術館、企画展では絵本の原画展、エッチング(銅版画の一種)の風景画などが展示されており、こちらも素晴らしかったのですが、ここでは常設展に注目してみましょう。
オーストラリア芸術の大家の絵が、続々と目に入ってきます。
とりわけ目をひいたのが、これ。
美術館外側にも示されている、Frederick McCubbin の“A bush burial”。
彼はメルボルンから少し離れた自然の中で絵を描いた「ハイデルバーグ派」の一人で、この作品は1890年に描かれたものです。
泣く少女、ぼうっとしてうつむく男。 少しぼやけたタッチの草が、湿った空気を感じさせます。 すごい技術。オーストラリアの芸術は、他国にひけをとりません。
この美術館はそれだけでは終わりません。
別の展示室には別の“A bush burial”が展示されており、これはJuan Davilaというチリ生まれの画家が2000年に描いたもの。
が、こちらは多分に社会的な意味をこめた、挑発的にも見える絵です。
この2枚の絵は100年前のオーストラリアと現代、そして現代が過去をどう捉え直すかということを、見ている人間に問いかけるようです。
「単に美しいものを並べるだけでは美術館の意味がない。鑑賞者の価値観を揺さぶってやろう。」
そんな気概を感じたような気がして思わず、うーん、すごい、と唸りました。
さて、次は国立ウール博物館(National Wool Museum)。
ここには観光案内所も入っているので、観光の情報収集がてら立ち寄るとよいでしょう。
入館料は、大人は9ドル。
羊毛産業に特別な興味がなくても、触れる・動く展示によって、十分に楽しめる博物館です。
実際に動く巨大なカーペットの織り機、牧羊の仕事を等身大の人形で表した展示、そして刈り取った毛が製品となるまでの工程を使用する機器とともに置いています。
様々な品種の羊毛に触れながら手触りの違いをたしかめたり、日本がオーストラリアからいかに多くの羊毛を輸入していたかを学んだり、知っているようで全然知らない世界を垣間見ることができました。
博物館から出ると、海はもうすぐそこ。
先に挙げた人形も何種類かあるようで、他の造形物とともに、散策をより楽しくさせます。
この町の中心部の一画Lt Malop Streetでは、壁に大きくストリート・アートが描かれます。
ほかにも点々とアートを見つけることができるので、建物に目を凝らしながら、メルボルンよりコンパクトな都会・ジーロンを味わうことをおすすめします。
カラフルな歴史の町・ベンディゴ
ベンディゴ(Bendigo)への小旅行を決めたのは、メルボルンのビジター・センターで次の目的地を物色している際に、カラフルな観光案内にひかれたからです。
古いものと新しいものが入り混じった、面白そうな町。
ベンディゴまでは、メルボルンのサザンクロス駅からVラインで約2時間。
せっかくなのでゲストハウスに宿をとって、この町を2日間かけて歩いてみることにしました。
4月はじめの秋の日、ベンディゴに到着。
さっそく町を練り歩いてみると、バララット同様ゴールド・ラッシュ時代の重みのある歴史的建造物や、古くから続いてきたような古本屋、こだわりを持った雑貨店などが現れます。
それでいて銀行のオフィスや通りに置かれたオブジェは色鮮やかで現代的。
スーパーやカフェも充実しており、観光にも住むのにも便利そうです。
まずは観光案内所の入っている建物へ。
ここはかつて郵便局であり、Post Office Galleryとして、ベンディゴの歴史を説明する展示スペースも用意されています。
その背後にある巨大な公園がRosalind Park。
裁判所をはじめ、歴史的建造物が周りを取り囲むように存在しています。
白い小さな温室もかわいらしく、花々も色鮮やかでした。
その⻄側にある建物の一つが、ベンディゴ美術館(Bendigo Art Gallery)。 私が訪れた際には、フィンランドのブランド・マリメッコの特別展をしていたため、このブランドの代表的デザイン、赤いウニッコ(フィンランド語でポピー)柄が建物にもあしらわれていました。
さて、有料(大人15ドル)のこの特別展、“Marimekko Design Icon 1951 to 2018”(2018年6月11日まで)、オーストラリアのブランドでもないし、マリメッコが特別好きなわけでもないし、どうしようかな……と思いつつ入ったのですが、結果、大きく感動したし見てよかった。
というのも、私は「デザイン」というものを単なる機能性や見てくれの格好よさだけでしか考えていなかったけれど、それとは別次元の働きがあると初めて知ることができたからです。
展示は代表的なデザイナー日本人もいました!)のファブリック(布地)や、それを用いたワンピースなどで構成されています。
マリメッコ創業から今に至るまでの変遷がわかります。
マリメッコの洋服は、形も柄も実にシンプル。しかしすぐにマリメッコだとわかる特色があります。それは、「大胆さ」です。
展示を見て、私は初めて、デザインが人を自由にするものだと感じました。
身体を締めつけず、誰にも媚びず、自分好みの鮮やかな色の服を着る。
それは当時の女性たちには易しいことではなかったはずです。
マリメッコのワンピースは、着た人をあらゆる社会的な制約から解き放っているようでした。
アートはときとして新しいものの見方を教えてくれます。
この展示を見て、美術館でいちブランドに焦点をあてた展示を行う意味がわかったような気がしました。
さて、常設展は展示作業中だったこともあって一部見られませんでしたが、重厚な雰囲気の中ヨーロッパの印象派の絵があったり、オーストラリアの抽象画が広い空間に据えられていたり、彫刻や丘を見下ろせるカフェもあって、ジーロン同様、メルボルン以外の美術館も、あなどれない!と感じました。
美術館を出て、ピクニックをしようと向かったのが、Lake Weeroonaという湖。
公園前の通りを東側に進んだ先にあります。
湖のそばにはカフェ・レストランのほか、ワゴン車での軽食販売もありました。
私はアイスを食べながら湖を一周。大きな湖ではあるものの、散歩にちょうどよい距離です。
湖から徒歩10分ほどの距離にあるのがTramways Depot。
古いカラフルなトラムが、車庫にぎっしりと並んでいます。
日本でいう駅⻑ネコのような存在なのか、ここを住処とする名物ネコもいるそうで、併設の土産物屋にはそのグッズも売られていました。
さて、ベンディゴにはほかにも、中国寺がある Golden Dragon Museumや、鉱山体験ツアーのある Central Deborah Gold Mineなどの見どころがありますが、限られた時間で私が選んだのは、歴史ある陶器製作所、ベンディゴ・ポッタリー(Bendigo Pottery)。
中心部からバスで10分ちょっと、敷地内には陶器の販売所のほか、アンティーク・ショップやカフェ、陶芸体験コーナー、この陶器製作所の歴史がわかる博物館もあります。
プラスチックに慣れきった手には陶器は少し重く感じますが、やさしい風合いの白に茶色、 緑、⻘などが加わったシンプルなデザインのマグカップは、手によくなじみます。
コーヒー、紅茶、砂糖入れを見ていると、いつかこれらのポットを食器棚に並べるような、丁寧な暮らしがしたい……! と、夢が膨らみました。
販売所と同じ建物内にある博物館(Interpretive Museum、大人8ドル)には、陶器を焼く窯や機械が並びます。
実際に使っている倉庫のような場所の裏側を通ったり、工場の一部分を生で見ることができたりする点も興味深く、せっかく150年以上続く陶器工房を訪れたからには、見ておきたい博物館といえます。
丸2日のベンディゴ観光、都会でありながらもメルボルンとは違った穏やかさを持つ町の 中で、飽きずに過ごすことができました。
そして翌日、ベンディゴからメルボルンに帰る途中に寄り道をしたのが、キャッスルメインです。
ベンディゴからの寄り道-美しい田舎町・キャッスルメイン
キャッスルメイン(Castlemaine)は、ベンディゴから電車で20分ほどの町。
多くの店が立ち並ぶ(といってもメルボルンほどではもちろんありませんが)ベンディゴと比べるとずいぶんのんびりしているなと感じますが、歴史を感じさせる建築物もあり、全体的に雰囲気のよい、地方のかわいらしい田舎町という印象です。
Market Building にあるビジター・センターで見どころをたずねると、ボタニカル・ガーデン、美術館、そしてBudaと呼ばれる家と庭があるそう。
もらった地図を片手に、これらを見てまわることにしました。
まずはボタニカル・ガーデン(Castlemaine Botanical Gardens)。
湖、ピクニック・エリア、子どもたちの遊び場、もともとは19世紀後半から20世紀前半に建てられたというサマー・ハウスやティー・ルームがある、細⻑い公園です。
ここは私がこれまでに訪れたボタニカル・ガーデンの中でも、特に好きだと思いました。
近くに住んでいたら毎日散歩するのに……と思うほど、歩きやすい木陰。
私が訪れた4月初旬にはドングリがたくさん落ちていたり、⻩色く色づいた木の葉が美しかったり、面白いU字型の木があったりして、派手さはないものの心落ち着く場所でした。
公園を出てしばらく歩き、美術館(Castlemaine Art Gallery)に到着です。
地下が地域の情報を伝える博物館、1階が美術館となっています。
博物館にはこの地域の町や自然、もともと住んでいたアボリジニ、ゴールド・ラッシュについてなど、地理的・歴史的な情報がつまっています。
美術館スペースには、肖像・風景ともに、よく描きこまれた作品群が並びます。
⻩色く色づいた木々がのぞく窓を描いた作品は、いかにもこの地域で見られそうな風景だなと思いました。
ジーロン、ベンディゴより規模は小さいですが、だからこそ、気負わずくつろげる美術館といえそうです。
最後に向かったのは、Buda Historic Home and Garden(家と庭の入場料大人12ドル)です。
ここは1860年代から118年間、この家に居住していたというLeviny家の家族の歴史がつまった場所。
ある一家の歴史というものが、それ自体は個人的でありながらも、普遍的な何か……たとえばその地域や時代を雄弁に語っているのが面白く感じられました。
粗悪な大量生産品を使用するのではなく手仕事を見直そう、という19世紀イギリスで起こったアーツ・アンド・クラフツ運動は、この家の生活にも影響を与えています。
家のそこかしこに展示されている、花の刺繍、金属製のポット、細々とした手作り品の数々。
住人たちのこうした作品が、生活に温かみを与えていたのだろうと想像できます。
教育を受け自立した女性たちが庭を、家を、生活の質を、手作業で高めていったのでしょう。
一家の歴史を感じながらじっくりと一部屋ずつ時間をかけて見ていくと、あっという間に夕方。
庭に降りると、細かく区切られた畑や小さな小屋など、様々な要素が混在しています。
「ここに野菜畑を作ろうか」「こっちに小道があるといい」などと考えながら庭づくりをし、そのときどきの気分や気候に合わせて、庭を変化させていったのかもしれない。
住人の姿が目に見えるような屋敷見学に満足し、キャッスルメインをあとにして、メルボルンへの帰路につきました。
キャッスルメインにはほかにも監獄(Old Castlemaine Gaol)もあり、一泊して町をゆっくり見てまわるのも楽しそうです。
Vライン沿線には、他にもおもしろそうな町がいくつもあります。
ビクトリア州はメルボルンを中心としながらも、多くの個性と歴史に彩られているということを感じた、穏やかで愉快な鉄道旅となりました。
(ライター:NAO)